
人に何かを勧めるとき、つい「これは身体にいいですよ」「こうした方がいいですよ」と、正しいことを伝えようとしてしまう
でも、正しいことを言ったからといって、人が動くとは限らない
人は正論だけではなかなか動かないからだ
では、何を伝えれば人は動くのか?
① 今の状態を放置すると、何を失うのか?
例えば身体の不調
「肩が凝っていますね」
と言われても、それだけでは「まあ、いいか」で終わってしまうかもしれない
でも、
「このまま何年も我慢していたらどうなるだろう?」
と考えてみる
例えば五十肩
腕が上がらない、
髪を洗うのがつらい、
服の脱ぎ着がしんどい、
寝るのもつらい、
痛みや不調そのものだけではない
仕事の効率が落ちるかもしれない
趣味を楽しめなくなるかもしれない
通院する時間が増えるかもしれない
家族との時間にも影響するかもしれない
つまり、放置することで失うものは、意外と多い

② ここに来ると、何が変わるのか?
次に大切なのは、行動した先にあるメリットを具体的にすること。
「整体を受けましょう」
ではなく、
「身体が楽になったら、仕事がもっと楽になるかもしれない」
「痛みを気にせず趣味を楽しめるかもしれない」
「今まで我慢していたことができるようになるかもしれない」
というように、
その人にとって何が変わるのか?
を考える
人は「施術」そのものが欲しいわけではない
その先にある、自分の生活が良くなることを求めている
趣味がある人ならば、また続けられるようになることが何よりでしょう

③ 結果として、時間やお金をどれだけ無駄にしなくて済むのか?
ここが意外と見落とされている
例えば、これは実際うちに来た方の多くから聞いてるはなしです
「1回2,000円だからこっちの方が安い」
「ここは保険が効く(適用される)から」
でも、何度も何度も通うことになったらどうでしょう?
多くの方が、このような理由で1カ月以上通ったが、結果的に良くならなかったという理由で来院されるケースが多いです
これは単に施術料金だけではなく、
・通院回数
・移動時間
・待ち時間
・仕事を休む時間
・不調を抱えている期間
まで発生する
逆に、1回の料金が多少高くても、必要なケアを適切に受けて、少ない回数で改善を目指せるなら、最終的な負担はどうなるでしょうか?
「安い=得」ではない
と思っています。
本当のコストは、支払ったお金だけではありません
お金+時間+手間+失った機会
まで含めて考える必要がある、ということです

時間には、お金とは違う価値がある
お金は、また稼げる可能性があります
でも、一度失った時間は二度と戻ってきません
だからこそ、
「いくら安くできるか?」
だけではなく、
「そのために自分は何時間使うのか?」
と考えてみることも大切なのではないでしょうか?
もし、その時間を仕事や勉強、家族、趣味、休息に使えたとしたら?
その時間には、どんな価値があったでしょうか?

そして、これは人生にも当てはまる
嫌なことが起きたとき、人はその出来事を何度も思い返してしまう
「あのとき、こうすればよかった」
「なんで自分がこんな目に遭うんだ」
「相手が悪い」
もちろん、そう思うこと自体は自然なことです
でも、そこで何時間も何日も考え続けても、問題が解決するとは限らない
それどころか、起きてしまった出来事による損失に、さらに自分の時間まで追加してしまうことになる
だったら、
「この出来事から何を学べるだろう?」
「次に同じことが起きたらどうする?」
「この経験を何か別のことに活かせないだろうか?」
と考えてみる
無を有に転じる
自分は、これを
「無を有に転じる」
という言葉で考えるようになりました
起きてしまったことは変えられない
失った時間も戻ってこない
でも、
そこから何を生み出すかは、自分で変えられる
嫌な出来事から知恵を得る
失敗から経験を得る
経験から理論を作る
理論から新しい仕事を生み出す
そうやって考えていけば、最初は「マイナス」にしか見えなかった出来事から、新しい価値が生まれることもある
だから僕は、
「何が起きたか」だけではなく、
「そこから何を生み出したか」
を大切にしたいと思っています
あなたにとって、本当に高いものは何でしょうか?
そして、本当に安いものは何でしょうか?
価格だけではなく、失う時間や、得られる未来まで含めて考えてみる
そうすると、今までとは少し違ったものの見え方がしてくるかもしれません
